渡邉敬介

画集紹介

画集『光、萌いづ』刊行にあたって

木かげで
自分の眼でとらえ自然から学ぶ。自然の中で描く事は、まず素直な自分をみつめ、感じ、共鳴し、心を熱くする想いに満たされる。そんな過程を経て出来上がった作品を大切にしている。いつも絵を描く心の拠りどころと発露を求めその原点を探求している。
1994年のザルツブルグ留学は、各国から志ある者が集い、自由なモチーフで切磋琢磨する好機であった。ヤコボ・ボルゲス先生の授業は独創性に富み、各人の感性で創りあげていくことを求められ、新たな表現と視野を開くこととなった。
1996年北京の中央美術学院で、国際交流基金助成事業として展覧会を催し、学院の廣軍先生、内山直明交流基金京都支部長、小熊旭北京事務所長はじめ皆様のご支援を受けた。朋友、呉長江氏は、公私に渡る尽力で、中国の大学教授始め美術関係者と親交を深める機会を設けてくれた。しかも当図録に前言を寄稿してくれている。彼の博識ある助言と広やかな心を有り難く感じる。安念念夫人、ご子息呉昊君も支えてくれた。
1997年チベット取材を思い立ったのも、呉氏の薦めによるもの。彼の作品の中に住むチベットの素朴な人・風物・動物の深いまなざしが現実となって様々な問いかけをくれた旅であった。チベットでの宗教は生活そのものであり、訪れる人をも謙虚にさせる自然の偉大さがある。
1998年の個展−北京展そして聖玻璃の山ヘ−は、病で北京会場を見ることなく逝った父に報告すべく、実家近くのギャラリー・マーヤ(高槻)で催し、「桃の朝(あした)」に追悼の意をこめた。標高五千メートル以上の聖地は、高山病に悩まされたが、心は浄化された。
同98年モンゴル行は、北京展でお世話になった天津行旅船の楊敏さんも一緒で心強い旅であった。8月、日中の砂漠湖での制作は厳しく、日射病にみまわれた。その夜銀川で見た天の川や幾条の流星に、不思議な時空を体験することとなった。(作品「夜と夜−西夏王陵」)
大胆に躍動するもの、刻々と変容する光に興味を持っている。絵を始めるきっかけともなった人物は大切なモチーフの一つである。風景(風物)もそうである。大阪の文楽劇場へは通いつめて人形や舞台の序破急を追いかけている。毎年訪れる木曽の歌舞伎にも、楽屋に行っては談笑し、歌舞伎づけの制作の場になる。
今まで美術を通じて出会ったひとびとは、かけがえのない貴重な存在である。
常々お世話になっているマサゴ画廊様、また多方面で支援下さいます方々に、深くお礼を申し上げます。

渡邉 敬介